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ココとカブトムシまで乗せて出発した夏休み

蔚山と釜山の妻の家族を訪ね、海雲台の砂遊び、山奥の養蜂場、予定外の一山海水浴場を巡った家族旅行の記録です。

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夏の海と山奥の養蜂場の間で、白い車にココとカブトムシの飼育ケースを乗せ、両親と息子、娘が海へ歩いていく家族旅行の場面

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ココとカブトムシまで乗せて出発した夏休み

蔚山と釜山の妻の家族を訪ね、海雲台の砂遊び、山奥の養蜂場、予定外の一山海水浴場を巡った家族旅行の記録です。

要約

要約

  1. 娘の夏休みと仕事の小休止が重なり、ココとカブトムシも含めた家族全員で蔚山へ向かいました。
  2. 釜山の海雲台と義弟の店を訪ね、義父の山奥の養蜂場近くでカブトムシに別れを告げました。
  3. 予定になかった一山海水浴場で数年ぶりに海へ入り、仕事のことをしばらく波に預けました。
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夏の海と山奥の養蜂場の間で、白い車にココとカブトムシの飼育ケースを乗せ、両親と息子、娘が海へ歩いていく家族旅行の場面

Summary

ひと目でわかる要約

  • 娘の夏休みと仕事の小休止が重なり、ココとカブトムシも含めた家族全員で蔚山へ向かいました。
  • 釜山の海雲台と義弟の店を訪ね、義父の山奥の養蜂場近くでカブトムシに別れを告げました。
  • 予定になかった一山海水浴場で数年ぶりに海へ入り、仕事のことをしばらく波に預けました。

娘の夏休みが始まり、慌ただしかったプロジェクトにも少しだけ息をつける余裕ができた。この機会を逃したら、今年の夏休みはカレンダーの中だけで終わりそうだった。目的地は、妻の家族が暮らす蔚山と釜山だ。

気軽に往復できる距離ではないが、子どもたちはおばあちゃんに会いたがり、祖父母も孫たちを待っていた。そこで家族全員で出発した。「全員」にはココも、子どもたちと育てていたカブトムシも含まれる。トランクを開けると、旅行の荷物というより小さな生態系の引っ越しに見えた。

初日は移動、到着、そして倒れ込む

ソウルから蔚山まで長時間運転した私は、到着するとほぼ機能を停止した。すてきな旅の始まりを想像していたが、現実の日程は移動、到着、倒れ込む、の三つだった。家族を無事に連れてきただけで初日の役目は十分だと、自分で判定した。

翌日は義弟のいる釜山へ向かった。海雲台を眺める一方、子どもたちは砂遊びに夢中になった。大人は海を見に行き、子どもは海辺を掘りに行った。目的は少し違ったが、それぞれ望んだ休みを過ごしたことになる。

夕食は、義弟がマネージャーを務める焼き鳥「白炭」海雲台店で上品な串焼きを食べた。普段の家族外食とは少し違う、かなりしゃれた一食だった。料理が運ばれるたびに「ちゃんと夏休みに来たんだ」と感じ、少し前まで子どもたちの砂を払い落としながら汗をかいていた人間と同じなのかと自分でもおかしくなった。

もうすぐ父親になる義弟へ

義弟は10月に生まれる赤ちゃんを待っている。まだ誕生前だが、私はもう父親だと思っている。期待と心配を同時に抱え始めたときから、親の時間は始まるのかもしれない。

これから一緒に頑張る父親と母親へ、小さな封筒を渡した。先にその道を歩いたからといって、立派な答えを教えられるわけではない。睡眠は想像より足りず、心配は想像より増える。それでも子どもが笑うと、不思議とまた頑張る力が出る。その程度の言葉を心の中で添えた。父親の先輩というより、同じチームの一人が少し早く手を差し出した気分だった。

携帯の電波が弱くなると頭はすっきりした

次の日は義父の養蜂場を訪ねた。退職後に趣味で始めた仕事が、いつの間にか本業になった場所だ。養蜂場は谷川が流れる山の奥にあり、携帯の電波もほとんど届かない。普段なら不便に思うはずなのに、私はなぜかこういう場所が好きだ。

連絡は遠のき、水と蜂の音ははっきりした。画面を更新しても何も変わらない場所で、むしろ頭の中が少しずつ整った。会社のメッセンジャーが鳴らない代わりに、谷川が通知を送ってくるようだった。内容はいつも同じだ。「少し休め」という通知だった。

ここでカブトムシとも別れた。一緒に過ごした小さな仲間を自然へ戻すのに良さそうな環境だと思うと、気持ちが楽になった。子どもたちも悲しみに沈むより、明るく別れの挨拶をした。来るときには飼育ケース一つ分の荷物だったのに、見送ったあとの空間はケースより大きく感じられた。

海が予定を一日延ばした

その翌日は蔚山の一山海水浴場へ行った。私は海を見るだけの人でいるつもりだった。しかし妻と子どもたちがあれほど喜んでいるのに、一人で砂浜に残るわけにはいかない。結局、数年ぶりに海へ入った。家族の熱意は、ときに非常に強力なマリンスポーツの動力になる。

末っ子が好きな水辺の生き物を探し、砂浜に小さな水槽も作った。子どもたちが海と砂浜を行き来する間、私は久しぶりに仕事を頭から外した。終わっていない作業も、翌日読むメッセージも、その瞬間だけは波に預けた。波が本当に解決してくれるわけではないが、しばらく預かるふりは上手だった。

予定になかった海水浴のおかげで、もう一泊することにした。日程はずれたが、家族の表情はずっと明るくなった。おいしい夕食を食べ、宿に戻るとまた倒れ込んだ。今度は長距離運転に負けたのではなく、しっかり遊んだ証拠だったので、初日より少し誇らしかった。

長かったようで、帰宅すると短かった休み

翌朝早く準備し、ソウルへ戻った。旅の途中では長い休みに思えたのに、家のドアを開けると急に短く感じた。旅行かばんには洗濯物が増え、携帯には確認することがたまっていたが、心の一部は少し軽くなっていた。

ココとカブトムシまで一緒に出発した夏休みは、こうして終わった。家族に会い、もうすぐ生まれる赤ちゃんへの思いを分かち合い、小さな命に別れを告げ、数年ぶりに海にも入った。人生が大きく変わったわけではない。それでも少し立ち止まったから、また動く力が生まれた。

明日からまた頑張ろう。ただし次の長距離運転では、「到着後すぐに予定を入れる」という無謀な計画を立てないところから始めたい。

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